発酵的思考と実験的思考

こんにちは 仲のです。 

今回も前置きなしで失礼します。


思考法にもいろいろあると思うが、最近私は2種類の思考法について考えた。発酵的思考と実験的思考のふたつである。

発酵的思考は「思考の整理学」で出てきた思考法である。とにかく様々な本や資料を読み、その知識が脳内で発酵するのを待つ思考法である。この思考法は論文を書く際に用いることが提案されているように、独自性が強い。しかし、私はこの思考法には時間がかかるという欠点があると思う。現在は科学の時代であるから、発酵を早めるためのコツのようなものはできていると思う。例えば、散歩や瞑想などのマインドフルネスで環境を整え、素早くメモを取るための技術や道具が発展してきた。それでも、悠長に発酵を待っていられない。今はそんな時代である。

そこで考えたのが、実験的思考だ。これは発酵的思考と異なり、とにかくアイデアを発表し周囲の意見を反映させていくという思考法だ。とにかくアイデアを発表するという都合上、どうしてもアイデアは粗削りにならざるを得ない。そのため周囲からの意見を反映して修正を加えてアイデアを完成させていくのである。ただし、これにも欠点はある。周囲の意見を反映させていくのでそのアイデアは個人のアイデアと言えるのか、境界があいまいになりやすい。つまりは個人の思考というより、全体の総意というような思考になるのだ。

私はこの実験的思考法が現代の情報過多の一因になっているように思う。実験的思考は提案ばかりでそのあとのことは社会に委ねてしまうからだ。しかし、本当にいいアイデアはグループあるいは社会によって育てられ、面白いものへと成長していくポテンシャルを秘めているように思う。

対して、発酵的思考はどうだろうか。発酵的思考はすでに完成された思考であり、独自性があり面白いものである。完成形であるがゆえに人を選ぶ場合もあるだろうが、よく発酵した思考は長く愛される古典となりうるのだ。

発酵的思考と実験的思考、正直優劣はつけにくい。独自性の発酵的思考とスピードの実験的思考、どちらも必要なものだと思うのだ。

結論としては、発酵的思考と実験的思考どちらに偏ることなく思考していくしかないのだ。あるアイデアについて、面白くなりそうだから発酵させるのか、実験的に発表してしまうのか、その判断あるいは切り替えをしながら、思考を進めていくほかないのが現代の状況なのである。

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